「モスルの国内難民女性・女児の今まで語られなかったストーリー」を紹介します。

  • 2016/11/10

モスルの国内難民女性・女児の今まで語られなかったストーリー

モスルの女性・女児は2年以上も「イスラム国(ISIS)」によって統制され、声を奪われています。UN Womenイラクは、彼女たちの啓発のため、その声を外の世界に届けようとしています。今回はアフマドの家族と、大学を卒業した女性、ファティマ(仮名)のストーリーをお届けします。

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 アフマドの家族

最近モスルを逃れたアフマド夫人はISISの支配下での自分自身と彼女の子どもたちの経験を語ってくれました。ご主人がどうなったかについては触れず、次のように語りました。「ISISは学校のカリキュラムを乗っ取り、息子は小学校3年生だというのに、ISISが作成したカリキュラムに従って拳銃、爆弾、ロケットなどについて勉強しました。その上授業料まで取られました。私は自分の息子や娘に人間の命をどのようにして奪うかを教えるようなカリキュラムで勉強してほしくありませんでした。ある日ISISは私の息子におもちゃの拳銃を渡し、父親を狙って打てと命じました。息子が父親に狙いをつけると、彼らは笑い出しました。これは本当に恐ろしいことで、息子のトラウマになっています。息子や娘たちには学校を辞めさせたので、彼らは2年間も学校に行っていません。自分は村で小学校にしか行ってないので、子供たちには勉強を続けてほしかった。ISISは私の子どもたちから当然の権利である、教育を受ける権利を奪ったのです」

20161110bファティマ、大学卒業生

ファティマの経験を聞いてみましょう。「私は家族の誇りであり、喜びでした。ISISのテロリストがモスルに来る直前に心理学の学位でモスル大学を卒業しました。私の目標は大学院に行ってイラクの人々の役に立つ仕事に就くことでした。でもISISがモスルを制圧すると、修士号を取得するための授業を受けられなくなりました。2年以上も家に閉じこもる生活を強いられました。家族も私も本当に苦労しました。治安も悪く、最低限の必需品も手に入らず、毎日命の危険を感じて生きてきました。運よくモスルを逃れてからは、心理学の学位を利用して、他の国内難民に心理社会的サービスを提供する手助けが出来ました。深いトラウマを負いましたが、レイプはされずに済みました。夫の助けで家の中に隠れていられたからです。クラスメートの中にはISISメンバーにレイプされ、子供を産んだ人もいます。今はどこにいることやら…」
残念ながらアフマド一家、ファティマの経験は例外的とは言えません。ISISに制圧されて以来、何百人もの子供たちが小学校から大学までの教育を中断せざるを得なくなりました。安全か教育かの選択を迫られたのです。ISISのカリキュラムの下、子供たちの多くは人を殺すことに平気になるように強いられました。アフマド夫人は運よく早い段階で子どもを学校に行かせないようにしましたが、多くの家族は子供たちをこのカリキュラムから救いだすことが出来ませんでした。ファティマは他の国内難民に心理サポートの手助けができている運のよいひとりですが、まだ120万人もの国内難民が生活の維持、エンパワーメント活動を求めて支援を待っています。このうち半分は女性・女児あるいは女性が所帯主の家族です。UN Womenは国内難民キャンプの中にセンターを設け、この人たちの声を聴ける場を提供しています。チワング博士は言っています。「女性・女児を対象としたこのようなセンターはさらなる寄付がないと実現しません。女性・女児はトラウマに苦しみ、長い間声をあげられませんでした。私たちはこの人たちの声に耳を傾ける必要があります」

翻訳:本田敏江(国連ウィメン日本協会 理事)

(United Nation Iraq「UN Women Iraq Provides a Voice for Dignity in our Humanity」より抜粋)

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