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ヌル・オマールさん「内戦の傷も癒え、将来に自信が持てるようになりました」

2019/01/21

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トルコ、ガジアンテプの SADA女性センターでのヌル・オマールさん
(写真提供はUN Womenのシネム・アイディン・ロペス)

トルコのガジアンテプ市にあるSADA女性の地位向上連携センターは、ヌル・オマール*さんのような難民やトルコ人女性に、生計を立てるためのスキル、心理社会的な支援、紹介サービスなどを提供しています。UN Womenが設立したこのセンターは、ヌル・オマールさんのような女性が新しい技術を身に付け、明るい未来に向けてスタートできるよう支援しています。このセンターは、シリア危機に対応するためのEU地域信託基金(MADAD基金)と日本政府による財政支援のもと、国際労働機関(ILO)、亡命希望者移民連携協会(SGDD-ASAM)、ガジアンテプ・メトロポリタン自治体によって運営されています。

「6人の子どもたちの安全を考えて、2014年にシリア内戦から逃れてガジアンテプに来ました。その時、夫は既にトルコで2年働いていました。でも、私は不安でなりませんでした。夫以外は知らない人ばかりで言葉もわからなかったからです。でも夫に説得されました。

最初は、夫が働く工場にある一室に住まわせてもらいました。工場の従業員が全て男性だったので日中は部屋の外に出ることができず、まるで監禁されているように感じました。お手洗いにすら行けなかったのです。

私が働いていた美容院は爆撃されたと聞きました。アレッポには私たち家族に残されたものは何もありませんでした。人は母国から引き離されてはいけません。でも、私の母国シリアが何も変わらず今のままなら、帰ることはできません。それなら、この土地で長く暮らすために仕事を見つけて家を持ちたいと思いました。

ようやく私たちは二階建ての家の一階部分を借りることができました。アレッポにある私たちの家は、この家と比べれば天国のようでした。しかし、私たちはこの家を別の意味で天国に変えました。少なくともここでは、自由で平和に暮らせるからです。

最初は言葉がわからなかったために困ったことがたくさんあり、近所の人たちには本当にお世話になりました。その後、SADA女性の地位向上連携センターのことを耳にして、シリアの友人たちと一緒に行ってみたのです。

SADAで私は美容師の講習に通い、修了書を手にしました。最近ではパソコン教室に通っています。以前はパソコンのことなど何も知りませんでしたが、今ではキーボードを簡単に打つことができ、トルコ語でも打てるようになりました。料理教室にも申し込みました。新しい講習にどんどん参加して、新しいことを学んでいます。

SADAセンターには私の新しい生活のスタートを支援してもらい、私にとっては家庭のような場所です。ここにはたくさんの姉妹がいるように感じています。私がシリアからここに来た時は不安なことばかりでふさぎ込み、誰ともつきあいたくはありませんでした。今はとても幸せで、自分に自信が持てるようになりました。このセンターのおかげで、以前ほど不安がなくなり自分が強くなったように感じます。自分自身が変わり将来にも自信が持てるようになりました。もう過去は振り返りません。内戦の傷も癒えました。

最近では、自宅で美容サービスを提供しています。17歳のときから美容師として働いていたので、いつか自分の美容院を持つことが私の夢です。私には4人の娘がいるのですが、美容師の仕事を継いでほしいと思っています。

難民女性には、自分を強く持って自分の権利を守ってくださいと言いたいです。女性の権利、そして人間としての権利を理解して、決してこれらの権利を諦めないでほしいです。人生は続きます。私は6人の子どもたちの母ですが、私の人生はまだ終わってなんかいません。これからも続きます」。

*個人が特定できないように仮名を使用。

(翻訳:湯島正・実務翻訳スクール)