組織

Swearing-in-Ceremony: Ms. Phumzile Mlambo-Ngcuka, Executive Director, UN Women   プムジレ・ムランボ-ヌクカ氏(南アフリカ出身)

プムズィレ・ムランボ=ヌクカ事務局長

2013年8月19日、プムズィレ・ムランボ=ヌクカ氏はパン・ギムン国連事務総長主催の宣誓式でUN Women事務局長として就任宣誓しました。氏は、2005年~2008年まで南アフリカ初の女性副大統領として努め、1994年には国会議員となり、公共サービス事業委員会の長を務めました。その後、貿易産業省の副大臣(1996~1999年)と、鉱物・エネルギー大臣(1999~2005年)を歴任し、芸術・文化・科学・科学技術大臣代行を一時(2004年)務めました。

またジュネーヴにある世界キリスト教女子青年会(YWCA)の女子青年部コーディネーターを務め(1984~1986年)たほか、統一民主戦線の加盟団体として1983年に設立されたナタール州女性組織の初代会長を務めました。さらに2008年には、ウムランボ財団を設立し、南アフリカの貧困地域の学校教師の研修支援と、マラウイの地元パートナーとの協力による学校の改善事業の支援をおこないました。氏は、ケープタウン大学で教育計画・政策哲学の修士(2003年)とレソト大学の教育学学士(1980年)の学位を修得したほか、2003年には、ウエスタン・ケープ大学から名誉博士号を授与されています。

 

ラクシュミ・プリ事務局長代行   ラクシュミ・プリ氏略歴はこちら

 

ミチェル・バチェレ事務局長

 

 

 

 

ミチェル・バチェレ事務局長の横顔
元チリ大統領(2006-2008年)。1951年、チリのサンチャゴに生まれ、父は空軍将校、母は考古学者、自らは医師。学生時代から政治活動のリーダーとして活躍。1973年のクーデターの際、アジェンデ政権に協力していた父は逮捕、拷問死。1975年に、彼女自身も国外追放の身となってオーストラリア、ドイツに亡命後、1979年に帰国。3人の子どもを育てながら医師として働いていました。その後、保健相、国防相を歴任後、チリ大統領に就任しました。長年、女性の権利擁護、ジェンダー平等と女性のエンパワーメントを訴え続けてきました。大統領在任中、年金改革、女性と女児の社会保障政策、研究・開発面で多大な業績をあげ、保健相、軍事相としても、ジェンダー政策の導入に努め、女性兵士の条件や家族の保健管理の改善を促すなど、多くの貢献をしました。2013年3月CSW57の閉会挨拶で辞任しました。

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