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【インタビュー】 アリサ・リウ「自分の価値はわかっている」

2026年ミラノ・コルティナオリンピック・フィギュアスケート金メダリストのアリサ・リウが、喜び、フェミニズム、ライバル関係を超えた友情、そしてUN Womenと共に女性や少女のスポーツ体験を左右する固定観念に立ち向かうことについて語った

2026年8月28日付

写真: UN Women/Joao Canziani

アリサ・リウのスケーティングには、なにか一味違うものがある。
正確さ、規律、コントロールが求められるこのスポーツにおいて、彼女は「喜び」という別の要素を必ず取り入れようとしているようだ。

喜びは、リウが選ぶ音楽や着る衣装、そして氷の上を滑る姿にも表れている。スケートについて語る時にも、その精神がにじみ出ている。完璧さ? いや、彼女はそれには特に興味を持っていないようだ。

それは、リウが自ら学ばなければならなかった哲学だ。長年にわたりトップレベルで競技を続けたあと16歳でフィギュアスケートから身を引いたが、やがてこのスポーツへと戻ってきた――ただ、今度は「自分の条件」で。

髪型を変えたり、ピアスを外したりするかどうかという質問が投げかけられたとき、リウの考えは明確だった。

「18歳の頃、私は『自分の価値は分かっている』と思っていました。それには本当に解放感がありました」

自分に何が必要かを理解し、それに基づいて行動するその姿勢は、今もリウのキャリアを形作り続けている。彼女は最近、2026~27年の競技シーズンを休養し、競技復帰に向けて心構えを新たに整える時間を取ることを発表した。

それは、他の少女たちにも自ら見出してほしいと彼女が願う「自由」である。

私たちはリウに、自分が愛するものへと向かう道を見出すこと、フェミニズム、ライバル関係よりも友情を重んじること、そしてすべての女性や少女がスポーツ界に居場所を見つけられるようにするには何が必要かについて話を聞いた。

YouTube動画(英語)

喜びと創造性について:「失敗することは美しい」

リウにとって、スケートはスポーツであると同時に自己表現でもある。

「自分の気持ちを表現するのが大好きで、ファッションや振り付け、そしてスケートで流す音楽を通じてそれを実現しています」と彼女は語る。「フィギュアスケートなら、そのすべてを一度に実現できるような気がします。氷の上で踊ることもできるし、着る服も自分で選べます。フィギュアスケートには、自分を表現する小さな手段が山ほどあって、それがすごく素敵なんです」

その自由さは、彼女が競技に臨む姿勢にも表れている。

「私は失敗することをそんなに恐れていないの」と彼女は言う。

その理由の一つは、誰の意見に耳を傾けるべきかを理解しているからだ。リウは、世間の評価や批判を求めるのではなく、信頼する人たちの意見を頼りにしている。

「私には、本当に素晴らしいチームと頼れる仲間たちがいます。批判やアドバイスが欲しい時は、知っている人たちに相談します。一般の人たちの意見にはあまり頼りません」

しかし、成功に対する彼女の考え方には、もっと深い変化も生じている。

「子どもの頃は完璧主義者だったけど、今は物事が完璧でないところが大好きです。そこには、とても美しく、人間らしい何かがあるから」

「私は人生を体験することそのものを大切にしているの。すべてが順調に進み、つまずきがなければ、面白くないわ。落ち込んだ時こそ一番多くを学べると思うし、そのおかげで最高の瞬間を心から楽しめるのです」

写真:UN Women/Joao Canziani

スポーツと少女たちについて:「スポーツには本当に解放感がある」

スポーツが少女や若い女性にとってなぜ重要なのかと尋ねると、リウからは「自由」という一言が返ってきた。

「スポーツって本当に解放感があって、自由になれるものなんです」と彼女は言う。「自分の意志の力を発揮し、エネルギーを注ぎ込める――それって、本当に素晴らしいことですよね」

芸術性の高いスポーツには、さらに別の側面もある。

「アスリートであり続けながら、自分の芸術的な一面を探求することができるんです」

しかし、リウは、何が少女たちをスポーツから遠ざけてしまうのかについても、同様に明確に語っている。

「スポーツを取り巻く環境に、自分の体を肯定する風潮が十分にないため、多くの少女たちがスポーツをやめてしまいます。自分はそのスポーツをするのにふさわしい見た目ではないと思ってしまうんです」

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彼女自身もそうしたプレッシャーを経験しており、女性アスリートの身体に対する時代遅れな期待が、競技で戦えるだけの強い体を持つという現実と矛盾することがあると主張している。

「私たちはアスリートなのに、筋肉質になったり、がっしりした体つきになってはならないと言われるんです。ただスリムであるべきだと。でも、日々トレーニングをしている以上、ものすごく細身でいるなんて無理ですよ」

リウにとって、少女たちがこうしたメッセージを自分の中に取り込んでしまうことで失われるものは、スポーツよりもずっと大きいものだという。

「世の中には本当にたくさんの可能性があります。自分の身体に対する認識のせいで、自分が好きなことや、好きになれるかもしれないことをするのを諦めてしまう人がいたとしたら、それはとても残念なことです」

写真:UN Women/Joao Canziani

スポーツにおける固定観念について:「みんな、もう私の姿は見られなくなるわよ」

フィギュアスケートの世界では、女性がどのような外見で、どう自分を見せるべきかについて、長い間、厳格な考え方が存在してきた。リウは、ゆっくりではあるものの、状況は変わり始めていると考えている。

彼女がスケートに復帰したとき、髪型を変えるのか、ピアスを外すのかといったことまで尋ねられた。彼女の答えはシンプルだった。

「それだったら戻ってこないって言ったの。彼らは『もし髪型を変えろとか言われたらどうする?』って聞いてきた。私は『それなら、もう私の姿を見ることはないでしょう』って答えたわ」

笑いながらそう語ったが、その一線を守ることは彼女にとって重要なことだった。

「18歳のとき、私はこう思ったんです。『自分の価値は分かっている』って。それは本当に解放されるような感覚だったわ」

リウは、現在トップレベルで競い合う女性選手たちの多様性に進歩の兆しを見出している。
「大きな舞台に立つ女子選手の中には、以前よりも筋肉質な人が増えています。それは、さまざまな体型の人が一流のアスリートになれるということを示していると思います」

しかし、ダブルスタンダード(二重基準)が依然として存在することも明らかだ。

「大会に出場する男性は、メイクをする必要も、髪をセットする必要もありません。でも女性にはそれが求められる。練習のときさえも、そうしなければならないことがあるんです」

そのため、女性アスリートは練習の準備をするためだけに朝4時に起きることさえあるのに対し、男性アスリートは外見に時間を費やすことが求められず、その時間を休息や準備、トレーニングに充てることができるのだ。
リウはこれを、女子スポーツを取り巻く『パッケージング』と表現している。つまり、それは、アスリートとしてのパフォーマンスは特定の「女性らしさ」という形に包まれていなければならないという期待のことだ。

「フィギュアスケートでは、女性と男性ではこの『パッケージング』がまったく違います」

友情とライバル関係について:「私たちは売り物じゃない」

リウが競技フィギュアスケートに復帰すると、メディアは彼女と、同じく米国のスケーターであるアンバー・グレン、イザボー・レヴィトの間に、お決まりのストーリーを作り始めた。「誰が勝つのか? 誰が頂点に立つのか?」と。しかし、それは彼女たちの本当の関係を表すストーリーではなかった。

「私たちは本当に仲のいい友達なんです」とリウは言う。

リウによると、女性スケーターたちは長い間、互いに競い合わせるよう仕向けられてきたと言う。「上の立場にいる人たちは、昔から女性同士を対立させてきたし、メディアも同様です」

今回、リウと友人たちはその構図を覆すことにした。

「私たちは本当に徹底したわ。取材者が怪しげな質問をしてくるたびに、すぐにその話を打ち切りました」

彼女たちは一緒に投稿し、一緒にTikTokの動画を作り、その友情を無視できないほどはっきりと示した。やがてリウは報道の流れが変わり始めていることに気づいた。

「私たちは同じ記事に取り上げられたのですが、3人組として扱われたので、それが嬉しかったです。メディアが『ライバル』という視点ではなく、『友情』という視点で報じてくれました」

リウは、それは彼女たちを見ている少女たちのためにも重要なことだと考える。
「チームメートや競争相手と友達でいるほうが、スポーツはもっと実りあるものになると思います。私たちは本質的にはチームメートなんです。いつもライバルというわけではありません。他の人を応援することだってあるのです」
そして、リウは実際にそうしている。

「私は友達と競い合うのが大好きです。だって、友達の姿を見ることができるから。友達を見ながら泣いてしまうこともあるわ。誰かを見て泣いたり、誰かのことを喜んであげたりするほうが、私にとってははるかに意味があることのように思えるの」

「ライバル関係の方が売りになる」と言われると、リウはためらわずにこう答えた。
「私たちは商売道具になるために存在しているわけじゃない」

そして、彼女は一瞬考え込んだ。

「でも、友情だって売り物になるってことを証明したのかもしれませんね」そう言って、彼女は笑った。
「私は、友情が売り物になるほうがずっといいわ」

YouTube動画(英語)

女性アスリートについて:「私たちの功績は過小評価され、男性の功績は過大評価されています」

「女性のスポーツでは、どうして『アスリートじゃない』と思われてしまうんでしょうか、正直なところ分かりません」

オリンピックで、リウはそうした認識のずれを身をもって体験した。自分の人生で最高の演技だったと語る滑りを披露した後、注目の一部が彼女の競技成果ではなく、女性としての自分に向けられていることに気づいたのだ。

「たった今、これまでで最高の滑りをしたばかりだったのに」

リウにとって、その経験は、はるかに大きな傾向の一部に過ぎない。

「女性の功績や成果は、これまで歴史の中で正確に記録されてきませんでした」
「私たちの功績は過小評価され、一方で男性の功績は過大評価されてきたんです」

彼女は、今日の女性アスリートが得ている注目度にも、同様の不平等があると考えている。 「視聴者数、放送、私たちの注目度、そして画面に映る時間……スポーツにおいて、男性に比べてはるかに少ないのです」

10人のうち7人が女子スポーツを観戦している
それにもかかわらず、女子スポーツに関するスポーツメディアの報道は全体の16%にとどまっている

メディアにおける「男性の視線」について:「なぜ女性アスリートは違った撮り方をされるのでしょう?」

しかし、リウにとって、注目を集めることは問題の一部に過ぎない。女性アスリートを画面に登場させることは重要だが、カメラが彼女たちに向けられたときに何が起こるのかも同じくらいに重要だ。

リウは、ある放送を特に鮮明に覚えている。彼女の演技を何度も撮影し、振り付けも動きもよく知っているはずのテレビ局が、彼女の股間をクローズアップするカメラアングルを選び、その映像をスローモーションで繰り返し流したのだ。

「私は『これ、何やってるの?』って思ったわ」彼女のコーチ陣は放送局に連絡を取った。
「『二度とそんなことはしないでください。あなたたちは彼女の演技を知っているでしょう。どうしてこんなことになったんですか?』と」

それ以降、同じことは起きなかった。けれどリウにとって、そもそもそんなことが起きたという事実そのものが、あることを物語っていた。

「そのとき、私は気づいたんです。私たちは撮られ方まで違うんだ、と」

リウにとって、この経験は、女性アスリートが観客にどのような姿で届けられているのかという、より大きな疑問を投げかけるものとなった――それは、彼女たちを撮影するカメラアングルから、競技中に着用することが求められる服装にまで及ぶ。
「女性は、違った目で見られているんです」と彼女は言う。

写真:UN Women/Joao Canziani

スポーツにおけるメンタルヘルスについて:「他の人が私をどう思うかよりも、自分自身について自分がどう感じるかのほうがずっと大切なんだと気づきました」

リウがリンクを降りても、その厳しい視線がなくなったわけではなかった。10代の彼女には、それがネット上でもついて回った。

新型コロナのパンデミック中、リウはソーシャルメディアに費やす時間が大幅に増えた。

「メンタルヘルスが本当にひどい状態になりました」と彼女は語る。「それがきっかけで、私は恐ろしい悪循環に陥ってしまったんです」

やがて、彼女は問題はスケートそのものではないことに気がついた。
「フィギュアスケートが嫌いだったわけではないの。自分が身を置くことになった、あの有害な環境が嫌だったんです」

思春期を迎え、エリートアスリートとして大きなプレッシャーと向き合っていた彼女にとって、ネット上のコメントは、自分がどういう人間であるべきかを告げるもう一つの声となってしまった。

でも、18歳になる頃、何かが変わった。

「自分に自信が持てるようになってきたんです。他の人が私をどう思うかよりも、自分が自分をどう思うかのほうがずっと大切なんだと気づきました」

今では、見知らぬ人たちが自分について何を言っているのかをほとんど気にしないようにしている。
「知りたくないんです。良いことでも悪いことでも」

ネット上の敵意やネガティブな言葉に悩んでいる少女たちに対し、彼女はアナログな代替案を勧めている。

「少し距離を置いてみて。女性が書いた本を読んでみて」
「特に、周りに自分を励ましてくれる女性がいないなら、女性作家による文学に目を向けることは、自分らしさを取り戻すための素晴らしい方法だと思うわ」

フェミニズムについて:「実のところ、それは夢のような話に聞こえますね」

リウにとってフェミニズムとは何かと尋ねると、答えはいたって明快だった。
「平等な機会、平等なチャンス、平等な権利、平等な賃金です」

逆にフェミニズムが「何ではないのか」についても、彼女の考えははっきりしている。
「男性の立場を低くすることではなく、女性を引き上げることです」

リウは、フェミニズムへの反発の一部は、この違いが理解されていないことから生まれていると考える。

「(フェミニズムを、)男性を引きずり下そうとするものだと考えて、否定的に捉える人もいます。でも、実際には、女性を引き上げるためのものなんです」

結局のところ、彼女が求めていることは驚くほどシンプルだ。

「同じように扱われること。同じように見てもらうこと」

そう言って、彼女は一呼吸おいた。 「実のところ、それは夢のような話に聞こえますね」

写真:UN Women/Joao Canziani

ジェンダー平等について:「私たちには価値がある」

振り返ってみると、リウは今になって、少女の頃には理解できなかったが、実際に経験した不平等のいくつかを挙げることができる。

「女性として――そして少女だった頃の私は、女性嫌悪(ミソジニー)や性別間の不平等の影響に苦しんでいたんだと思います」

「少女の頃は、それをそんな風には捉えていませんでした。ただ戸惑っていただけです。なぜそうなのか、分からなかったのです」

今、彼女が少女たちに持ってほしいと思っているのは、自分自身が見つけ出さなければならなかったもの――つまり、自分自身の価値や自分の能力に対する自信だ。

「他の少女たちにも、自分自身に自信を持ち続け、やりたいことは何でもできると知ってほしいと思います。限界なんて本当にないのですから」

彼女のメッセージはシンプルだ:

すべての少女へ:「プロセスを信じて」

では、結果を出さなければならない、周囲に合わせなければならない、あるいは完璧でなければならないというプレッシャーに苦しんでいる少女に対して、リウはどんな言葉をかけるのだろうか。

「プロセスを信じて。自分のためにやっている限り、それをやっていて幸せで、やりたいと思っている限り……」

彼女は、そこで言葉を止める。

「自分の考えが現実を形作っていくんです。他の人に自分の考えを決めさせないようにしてくださいね。ただ、自分の好きなことを続けて。そして、誰にもその邪魔をさせないで」

原文:https://www.unwomen.org/en/news-stories/interview/2026/08/alysa-liu-i-know-my-worth