ベトナムにおける女性と女児に対する暴力のない地域づくりプロジェクトを詳しく紹介します

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2016年7月4日

女性と女児に対する暴力の防止に男性の参画を促す取り組み

26才のトラン・ヴァン・チュオンさんは、隣人の女性が夫にたたかれる音で目が覚める事がたびたびありました。隣人夫婦の喧嘩は静かに始まるのですが、夫が暴力を振るうにつれて急激にエスカレートして、妻に捻挫や擦り傷といった怪我を負わせるのでした。人口100万人を有するベトナム中部の主要な港湾都市ダナンのコミュニティでは、こうしたことは珍しくありませんでした。

女性と女児に対する暴力を防止する活動をしているトラン•ヴァン•チュオンさんとホアン•ヴァン•ダクさん

国連人口基金(UNFPA)と「予防のためのパートナーズ(P4P)」ジョイントプログラムの支援で行われた質的調査から、ベトナムでは、 男性が女性を服従させる手段として暴力を振るうことは、それが家庭という私生活の場で起こる限りは問題視されない、という実態がわかりました。

実際に、ベトナム政府と国連が協力して行った「ベトナム国内の女性に対する家庭内暴力全国調査」では、半数以上の女性が人生のいずれかの時期に家庭内暴力を経験していると答えています。家庭内暴力は身体的にも精神的にも深刻な健康被害をもたらす事がわかっており、虐待を受けた女性は、そうでない女性に比べて自殺を考える割合が最大で3倍になります。

ベトナム社会にはびこる夫から妻への暴力 (調査対象:18-60歳の結婚歴のある女性) パーセント、性暴力、身体的暴力、精神的暴力 ベトナム国内の女性への家庭内暴力に関する全国調査の結果(2010年)より

チュオンさんは隣人の暴力が気になっていましたが、同時に葛藤もしていました。夫の暴力を止めさせたいと思う一方で、プライベートな家庭の問題に口を挟むのは行き過ぎではないかと恐れていたのです。というのも、彼の住んでいるコミュニティでは年長者を立てることは大切な社会規範とされており、年下の者が年長者に面と向かって反対意見を述べることは失礼だと考えられているからです。

でも、隣人夫婦を助ける方法がありました。ジェンダー平等を推進する男性の活動グループです。チュオンさんはそこでボランティアスタッフをしているのです。このグループは、ダナン女性連合がUN Women、国連ボランティア計画、「予防のためのパートナーズ(P4P)」ジョイントプログラムと連携して実施している、男性を対象とした1年間のジェンダー平等プログラムの一部です。このプログラムは、国連の2030年に向けた持続可能な開発目標(SDGs)の1つであるジェンダー平等を支援するもので、女性と女児に対する暴力根絶はその主要項目に挙げられています。プログラム実施から半年、第一次報告書によると、ジェンダー規範の変化と暴力防止の面に明るい兆しが見られます。

チュオンさんは そのグループのメンバーに隣人の家庭内暴力の問題を相談しました。「女性や女児への暴力を許さず、安心して生活できる地域社会を作る責任が私にもあることを学びました。そのプロセスは周囲の人々を啓蒙することから始まるのです。」

チュオンさんは、隣人の妻が地元の警察と地域のカウンセリングチームの支援を受けている間、一時的に家から避難できる場所を提供しました。一方で、グループの年配のメンバーも交えたカウンセリングチームの男性が暴力を振るう隣人の元を訪れ、ジェンダー平等の姿勢、健全な関係を築くスキル、妻に暴力を振るうことの問題点、法的措置の可能性などについて隣人と話し合いました。こうした対応が功を奏し、再び同居を始めた隣人夫婦の関係にいくぶん改善が見られたとチュオンさんは話してくれました。

世代を超えた協力

男性を対象としたこの啓発プログラムでは、世代の違う人々が協力して女性と女児への暴力を防ごうと、暴力の防止に関心を示した若者から年配者までの男性に対し、地元のグループに参加するよう呼び掛けています。ダナン地方では、地域社会に根強く残っている、ジェンダー平等の考え方や暴力防止の弊害となるような男らしさを容認する価値観、つまり女性と女児が暴力を受けるリスクを助長している考え方や行動を変えようと、18歳から60歳までの男性120人が共に活動しています。

若者も年配者もこうしたグループの活動からそれぞれに得るものがあるだけでなく、コミュニティも恩恵を受けています。若者はジェンダー平等の考え方や平等な関係を築くスキルを身に着け、新しい規範を確立しています。それにより、これからの世代の女性と女児への暴力の防止に貢献しています。

「以前はすぐかっとなっていました」とチュオンさん。「でも、今は別人になりました。それはこのグループで効果的なコミュニケーションスキルや自制の効かせ方、相手を侮辱したり傷つけたりしないで自分の気持ちを伝える方法などを学んだおかげです。」

こうした活動と並行してこのプログラムでは、年配の男性にみられるジェンダー平等を妨げるような男らしさについても取り上げ、揉め事をおだやかに解決し、仲のよい家族関係や平和なコミュニティを築けるような活動も行っています。

コミュニティの変革は住民一人ひとりから

ホアン・ヴァン・ダクさんは58歳のソーシャルワーカーで、ダナン地方の暴力防止に携わる人たちの中心的な存在です。ダクさんはダナン農村地帯の男性啓発グループのリーダーを務めており、自身もグループでの学習を通して、妻と2人の娘を尊重するようになりました。

「女性と女児の暴力を防止する活動の先頭に立つためには、まず自分自身の振る舞いを変えることから始めなければなりませんでした」とダクさん。「以前は妻や娘が私の意に添わないことをすると腹を立てていましたが、このグループの活動のおかげで怒りを抑え、相手の言い分を聞くことができるようになりました。これもグループで学んだことですが、今では家族や仕事に関する意思決定や責任を妻と分かち合えるようになり、妻は私をもっと信頼してくれるようになりました。おかげで私も重圧から解放されたのです。」

まず自分自身からというこのダクさんの姿勢は、安全で平等なコミュニティは個人のレベルから始まり、そこから徐々に広がってゆく、というこの介入プログラムのフレームワークを明確に示しています。

ダクさんのコミュニティ支援のひとつは対立解決に向けた助言をすることです。たとえば、夫婦喧嘩が耐えないことに悩んでいる若い夫婦が近所にいました。二人の口論が近くの家庭に持ち込まれることさえありました。でも、ダクさんの助言によって夫婦の関係は著しく改善しました。

「妻を叱り付けたり、意見を聞かずに大事なことを決めてきたりしたことで、私は妻をないがしろにして傷つけていたのです。ダクさんのアドバイスがなければ、気づかなかったでしょう。」ダクさんの隣人は続けました。「妻の苦しみが家庭生活にも影を落とし、子どもの教育や近隣の人々にも悪い影響を及ぼしていました。」

プログラムの目標は、グループのメンバーをエンパワーして暴力防止活動を牽引する地域社会のボランティアとして活動してもらうことです。

女性と女児に対する暴力のない未来への希望をつなぐ

男性をエンパワーして、各コミュニティで女性と女児に対する暴力を防止するための行動を促すという、この男性啓発プログラムには効果が期待できそうです。

チュオンさんは、「こういった暴力に終止符を打つのに障壁となるのは、コミュニティに深く浸透したジェンダーに由来する偏見です。それは加害者である男性にとどまらず、被害者である女性にも当てはまるのです」と言います。「コミュニティ全体の意識が変わるまでには時間がかかります。また 私のような若者だけでなく年配者に至るまで多くの男性が全面的に参加し支援することが肝要です。皆が安全で平等なコミュニティを享受できるよう協力したいので、 プログラムが終了した後も活動を続けるつもりです。」

ドゥクさんはこの男性グループの活動をプログラム終了後も継続しようと思っています。社会は変わりつつあると前向きに考えています。「ジェンダーに関する固定観念はまだ社会に深く根を張っていますが、状況は変わってきていると思います。ジェンダー平等の姿勢と行動をこれからも広げていくつもりです。いつか、 女性と女児に対する暴力のないコミュニティに、さらにはそうした国に住む日がくるように。」

翻訳協力:岩田茂美(実務翻訳スクール.com)

*この記事で紹介された、ベトナムのダナンにおける「女性と女児に対する暴力のない地域づくりプロジェクト」は、2015年度国連ウィメン日本協会の支援プロジェクトです。5月23日にもこの記事の抄録をご紹介しました。

カテゴリ: ニュース , 国連ウィメン日本協会

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