【15のストーリー No.14】避難の連鎖を生きるレバノンの女性たち

昨年(2025年)7月に、UN Womenは設立から15周年を迎えました。この節目を記念して、世界の女性たちのリアルな声と行動を伝える15のストーリーをお届けしています。女性たちの底知れない強さと希望の物語は、この時代を共に生きる私たちにもインスピレーションを与えます。
避難の連鎖を生きるレバノンの女性たち
~戦争の苦しみをコミュニティキッチンでの「役割」が癒す~
第14話は、戦争によって何度も避難を余儀なくされてきた女性たちの物語です。不安と失意の中、収入と生活の安定につながる「役割」を得て、そこにひと筋の希望を見出しました。生きるための闘いは続いています。
2026年3月以降、戦闘の激化によって、レバノンでは100万人を超える人々が家を追われました。避難生活の中で生計手段も安全も失いましたが、これは過去にも繰り返されてきた避難の連鎖の一部にすぎません。いつまた避難を、という恐怖を抱えながら、女性たちは子どもを連れてシェルター(一時避難所)と自宅の間を行き来し続けています。
3月の戦闘後にシェルターとして使われることになったシブリーン職業訓練センターには、UN Womenによってコミュニティキッチンが設けられました。4月初旬までに48人の避難民女性が短期雇用され、毎日3,000食の温かい食事を避難民に届けています。
◇ ゴフラン・アブ・ハリルさん
「娘のお気に入りのぬいぐるみだけを持って逃げました」

35歳のゴフランは、もともとはシリアからの難民です。最初はシリア国内での避難、次にレバノン北部のトリポリへ、その後、南部のボルジュ・アル・シェマリ難民キャンプを経て、ここシブリーンのシェルターへ。転々としながら、安全な場所を探し続けてきました。
「住んでいた南部の難民キャンプは空爆の危険があったので、夜のうちに娘たちを連れて避難しなければなりませんでした。夫は、女性と子どもだけの方がシェルターに入りやすいだろうと考え、残りました。突然のことで自分の薬を持ち出すのは忘れてしまったけど、娘のお気に入りだったパンダのぬいぐるみだけは忘れませんでした。」
着の身着のまま逃げて来たゴフランと子どもたちは、暖房も十分でない中で着替える服もなく、赤ちゃん用ミルクの確保にも苦労しました。でも、コミュニティキッチンで働き始め、人々の役に立っていると実感したゴフランは、ここでの仕事を「ひと筋の希望」と表現します。
4月16日に停戦が発表されると、ゴフランは夫の待つ南部の難民キャンプへ戻りました。「乗せてくれる車を見つけるのは大変で、5時間以上も待ちました。道中、私はずっと泣いていました。見えるのは破壊の跡ばかり—血の跡、愛する人を亡くして嘆く人、廃墟と化した家に戻る人—。精神的に疲れ果て、深い悲しみに襲われました」とゴフランは語ります。「まだ安全ではないとわかっていたけど、家に帰りたかったの。戦闘がまた悪化した時に備えて、服や生活用品も取りに戻りたかったから。」ゴフランは難民キャンプの自宅で事態の推移を注視しています。
◇ ファテン・アリさん
「キッチンには笑い声と友情があるから」

39歳のファテンも、シェルターと自宅の間を行ったり来たりしています。
2024年の戦争で兄を亡くし自宅も破壊されたファテンは、2026年3月にシブリーンのシェルターにたどり着き、コミュニティキッチンで働き始めました。ファテンはそれを「自分に起きた最高の出来事のひとつ」と言います。「笑い声と友情があるおかげで、いろいろなことが楽に感じられるの。」
停戦合意の発表を受けて、ファテンは自宅の様子を確認するために南部へ向かいました。家は軽微な損傷はあるものの、まだ残っていました。「これで希望が持てた。でも、南部の村に留まるのはまだ安全ではないから、シェルターに戻ることにしたんです。」シブリーンに戻ったファテンは、コミュニティキッチンでの仕事を続けています。
◇ ハディール・ムーサさん
「それでもシェルターよりも家族そろって自宅にいたい」

22歳のハディールは11カ月の娘を持つ若い母親です。彼女もボルジュ・アル・シェマリ難民キャンプから娘と二人で逃げてきました。この2年間で2度目の避難でした。移動手段を見つけようと路上で何時間も待ち続け、やっと乗れるバスが見つかったのは深夜3時のことだったといいます。
夫を残し、小さな赤ちゃんを抱えて逃げて来たハディールも、コミュニティキッチンで働くことで希望をつなぎました。
停戦の発表後に難民キャンプにある自宅へ戻りましたが、不安は消えていません。「状況は今も壊滅的です。」それでも、やはりシェルターよりも家族そろって自宅にいたいのだと言います。いつ再び事態が悪化するかわからないという恐怖に怯え、すぐに持ち出せるよう非常用バッグを手元に置いています。
■ 女性たちは、「役割」を持つことで支え合い、希望をつないでいます
今も女性たちは、難民キャンプにある自宅とシェルターとの間を移動しながら、家族と自分の命を守るために最低限の生活を続けています。先の見えない不安や孤独感に苦しむ人も少なくありません。そうした人たちに食事を届けるコミュニティキッチンは、同時に、そこで働く女性たちが支え合い、希望をつなぐ場となっています。
