ネパール災害復興:新しいキャリアへのチャレンジ

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2019年3月31日

田中由美子

 2015年4月にネパールで起きた大地震は、死者9,000人、負傷者約20,000人で、全壊家屋約50万戸、半壊約27万戸という被害により多くの人々が一瞬にして住む家を失いました。最初の震源地は、首都カトマンズの西部ゴルカ郡でM7.8でしたが、続いて M6.8の地震が東部エベレストの近くでも発生。さらに、M4以上の余震が広い範囲で300回以上も続きました。最も被害を受けたのは、農村に住んでいた貧困ライン以下の人々で、6割以上が女性でした。被災後すぐに多くの国際緊急援助団体が駆けつけ、必要な食料、医療、テント、飲料水などを提供しました。日本からも、国際協力機構(JICA)が、国際緊急援助隊救助チーム(JDR)を派遣し、生存者確認のための捜索救助活動や医療活動を行いました。同時に派遣された自衛隊部隊による診察活動もあわせると、短期間に合計3,500名以上の被災者の診察や手術の支援を行いました。

 このようななか、国連女性組織(UN Women)も、他の国連機関と連携し、地震発災直後から活動を開始し、5カ所に女性支援センター、3か所に情報センターを設置し、暴力を受けた女性への支援、カウンセリングの提供、医療や支援物資についての情報提供などをおこないました。さらに、衣類、衛生用品、懐中電灯など16種類の必需品を入れた支援物資袋(女性の尊厳キット)を配布しました。国連ウィメン日本協会も国内で緊急に寄付を募り、このキットの配布に大きな貢献をしました。のちにUN Womenネパール事務所から感謝状が届きました。

 復旧支援が一段落した後、UN Womenは、さらに被害を受け生活に困窮している女性の生活復興ために、職業・技術訓練を実施しました。そのなかのひとつに、倒壊した家屋の再建をする、石工 [ネパールではレンガつくりの家が多いので大工のことを石工とも呼びます。英語では、mason(メイソン)] の研修があります。地元の女性組織と協力し、3か所で45日間の研修を実施し、合計150人の女性が参加しました。農村ではほとんどの男性が出稼ぎに行っていて、農作業や農村の生活は女性が仕切っています。石工は伝統的には男性の仕事でしたが、UN Womenは、この機会を生かして新しい仕事を作ることに挑戦しました。

 今回、私がカトマンズの東部シンドパルチョークで会った、サビーナさん(31歳)も研修を受けた一人でした。サビーナさんは、10人家族で、夫はカトマンズに出稼ぎに行き、ほとんど留守にしています。サビーナさんは小学校4年までしか終了していませんでしたが、石工の研修があるということを聞いて、是非参加したいと思いました。しかし、バスで30分もかかるところで、朝9時から夕方5時まで石工の研修を受けることは、夫も夫の両親も大反対でした。それは女性の仕事ではないからです。研修が終わると、2時間かけて徒歩で帰宅しなければなりません。サビーナさんは、家族の反対にもめげす、研修に応募し、いつもより早く起きて家事を片付け、やりくりして45日間毎日通い続け終了証書を取得しました。

 その後、ちょうど国際協力機構(JICA)が支援する緊急住宅復興事業が地域で始まりました。この事業の目的は、ネパール政府が提供する住宅再建補助金(30万ルピー)を使って、以前よりもっと耐震性を備えた安全な住宅再建をすることです。石工の募集があったので、サビーナさんは率先して応募しました。UNWomenの研修を受けたおかげで、技術も知識も十分にあるということが評価され採用され、住宅再建のテクニカルチームとして働くことになりました。テクニカルチームは、エンジニア、移動石工(モバイルメイソン:Mobile Mason)、社会ワーカーなどで構成されていますが、ほとんどは男性です。採用された移動石工656人のうち、女性はたった15人で、サビーナさんと同じ村からは、UN Womenの研修を受けたもう一人の女性だけでした。

 サビーナさんは、既に約1年間、移動石工として仕事をしています。遠い村に行くときは外泊しなければならず、家族が大反対しました。女性が一人で、他の村に外泊するなんてとんでもない、子どももまだ幼いのに、と言われました。でも、サビーナさんは、自分で決めたことだからと言って、出かけていきました。村人や石工仲間から女性だからと言って、意地悪をされたこともありましたが、最近では、村人からの信頼も厚く、いつもあちこちの家から呼ばれて技術的な相談を受けるようになりました。給料も定期的に入るようになり、家族もサビーナさんを認めてくれるようになりました。

 この事業では、貧しい女性や寡婦世帯も、テクニカルチームや移動石工から各種の支援を受け、政府からの支給金をスムーズに受け取ることができ、住宅再建を進めることができました。特に、支給金は銀行口座に振り込まれるので、女性も自分名義の銀行口座を持てるようになりました。あわせて土地証明書の発行などもしてもらいました。農村女性が自分名義の銀行口座や資産の所有権を持つことの意義はとても大きく、これからも女性の社会進出や自己実現に大きく貢献すると思われます。

 サビーナさんは今ではすっかり自信をもっていて、これからも石工の仕事を続けていきたいと明るく話してくれました。

サビーナさん(シンドパルチョークで。2019年2月)
同村の女性世帯主の再建住宅。サビーナさんの技術支援

緊急住宅再建事業では、家屋を失った56,000人が対象となりましたが、そのうち女性世帯は約12,000人(22%)でした。

移動石工(モバイルメイソン)の選定基準は以下のとおり。

  • 地元出身でトレーニング受講済みの経験ある石工であること
  • 耐震基準に関する十分な知識を有していること
  • 地元の言語に精通していること
  • モチベーションを向上させるスキルがあること

移動石工(モバイルメイソン)の主要な役割は以下のとおり。

  • 住民が住宅再建にとりかかるよう働きかける
  • 共同で住宅再建するグループを形成する
  • 住宅のレイアウトを手助けする
  • 他の石工および単純労働者を対象に耐震基準に関するOJTを実施する
  • 完工期限等の住宅復興プログラムに関する情報を普及する
  • 耐震基準に適合した住宅再建をサポートする
  • 検査への申請手続きをサポートする
  • 検査結果について住民へ通知する
  • 現場の問題を解決する

(出典:JICA ネパール国緊急復興支援事業実施支援報告書、2019)

女性の尊厳キットの配布.Photo: UN Women/Samir Jung Thapa

http://www.unwomen.org/en/news/stories/2016/4/nepal-a-year-after-the-earthquakes

他の地域で活躍する女性石工(提供:JICA 緊急住宅復興事業)

カテゴリ: ニュース , 国連ウィメン日本協会

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